不当解雇とは|違法なの?条件や法律、適法な解雇との違いをわかりやすく解説
会社に雇われている労働者が、ある日突然の解雇をされてしまうと、その日から生活の糧を失ってしまうことになりかねません。…[続きを読む]
毎日働いていたら、失敗やミスは誰でもしてしまいます。
ただ、ちょっとしたミスにとどまらず、会社に損害を被らせてしまうほどのミスをしてしまった場合には、大きな責任を感じますよね。
この時、上司から「会社に与えた損害を賠償しろ!個人負担だ!」とか、「会社に損害を与えたからクビだ!」「訴えるぞ!」などとまるで脅しのように言われたことはありませんか?
たしかに自分のミスで会社に損害を与えてしまったけれど、本当に損害を賠償しなければならないのでしょうか。また、そんな簡単にクビにされるのでしょうか。
この記事では、従業員が会社に損害を与えてしまった場合における法律問題と、また退職後でも辞めた会社から損害賠償請求されるのかについて、分かりやすく解説していきます。
目次
会社が、損害を与えた従業員に対して損害賠償責任を追及する法的根拠は、民法の「債務不履行責任」と「不法行為責任」が考えられます。
以下、それぞれ簡単に解説します。
民法第415条1項本文は、次のように規定しています。
<第415条1項本文>
「債務者がその債務の本旨に従った履行をしないときは、債権者はこれによって生じた損害の賠償を請求することができる。」
従業員と会社の間では、労働契約が締結されています。この契約に基づき、従業員は会社に対して「労務を提供する義務」を負っています。つまり、労務を提供する義務が従業員の「債務」になるわけです。
そのため、ミスをして会社に損害を与えてしまった場合には、第415条1項本文の「債務の本旨に従った履行をしないとき」に該当することになります。
したがって、会社は従業員に対して、債務不履行責任に基づき損害賠償を追及することができます。
第709条は、次のように規定しています。
<第709条>
「故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。」
従業員が、故意や過失によってミスをして、会社に損害を与えた場合には、従業員の行為は不法行為に該当します。
そのため、会社は従業員に対して、不法行為責任に基づき損害賠償を追及することができます。
従業員が、先ほど解説した債務不履行責任や不法行為責任を負うとしても、現在確立された判例法理である「責任制限の法理」により、従業員は全ての損害を当然に賠償しなければならないことにはなりません。
従業員がミスをして会社に損害を与えたとしても、従業員は「会社の命令や指示」により、労務の提供として行ったにすぎません。
そのため、全ての責任を従業員に負わせるのは妥当でなく、従業員の「責任の範囲を制限」させようという考え方があり、それを「責任制限の法理」と言います。
どの程度、従業員の責任を制限するかは、以下の裁判例が示したように、様々な事情を考慮して決定されることになります。
「責任制限の法理」を示した裁判例として、茨城石炭商事事件(最高裁判所 昭和51年7月8日判決)があります。
<事案>
Yは、石油等の輸送・販売を行うX会社で働く従業員です。
Yは、X会社から、臨時的に重油を満載したタンクローリーを運転するよう命じられ、運転手として業務を行っていました。ある日、Yがタンクローリーで国道を走行していると、前の車が急停止したため、Yの運転するタンクローリーが前の車に追突し、事故が発生しました。
この事故により、X会社はタンクローリーが追突した前の車の運転手に、約40万円の損害賠償を支払いました。そこで、X会社は事故を起こした従業員であるYに対し、損害賠償を全額支払うよう求めて、訴えを提起しました。
<判決>
裁判所はまず、従業員が仕事をする際には「加害行為をして、会社に直接または間接に損害」を被らせることがあるとしました。
そして、このような場合、「損害の公平な分担」という見地から、会社が従業員に対して損害賠償を追及できる範囲は、「信義則上相当と認められる範囲」であるとし、従業員の責任を制限する「責任制限の法理」を示しました。
その上で裁判所は、「信義則上相当と認められる範囲」について、従業員の責任を制限するために考慮すべき事情を下記として挙げました。
①事業の性格
②規模
③施設の状況
④従業員の業務内容
⑤労働条件
⑥勤務態度
⑦加害行為の態様
⑧加害行為の予防若しくは損失の分散についての会社の配慮の程度
⑨その他諸般の事情を考慮して判断する
結論として、X会社が従業員Yに対して賠償できる額の範囲は、「信義則上、4分の1が限度である」としました。
従業員がミスをして、会社に損害を被らせてしまった場合に、会社から「罰金を支払え」と言われても、従業員は罰金を支払う必要はありません。
労働基準法は、第16条において次のように規定しています。
<第16条>
「使用者は、労働契約の不履行について違約金を定め、又は損害賠償額を予定する契約をしてはならない。」
少し読みにくい条文かもしれませんが、労働基準法第16条は、会社が就業規則において、たとえば「ミスをした場合は罰金5万円」などと、定めることを禁止しています。
ここで禁止しているのは、あくまで罰金のようにあらかじめ「金額を定めておくこと」であり、実際に発生した損害について賠償させることを禁止しているわけではありません。
したがって、ミスをした場合に会社から罰金の支払いを要求されても、応じる必要はありません。
従業員が、会社に対して債務不履行責任や不法行為責任に基づき損害賠償を支払わなければならないとしても、その賠償額を会社が勝手に賃金から控除することは許されません。
労働基準法第24条1項は、次のように規定しています。
<第24条1項>
「賃金は、通貨で、直接労働者に、その全額を支払わなければならない。」
この第24条1項のことを、「賃金全額払いの原則」といいます。
この原則により、会社は従業員に対して賃金を全額支払う義務を負いますので、従業員が賠償額を支払わなければならないとしても、会社が勝手にそれを賃金から控除することはできません。
原則として、会社は賃金を全額支払わなければなりませんが、会社と従業員が賃金から賠償額を「控除することを合意した場合」には、例外的に賃金から控除することも認められます。
これを認めた裁判例として、日新製鋼事件(最高裁判所 平成2年11月26日判決)があります。
この裁判例は、労働基準法第24条1項が定める「賃金全額払いの原則」を挙げたうえで、「①労働者の自由意思による同意と、②その労働者の自由意思による同意を根拠付ける合理的な事情」の2点が客観的に存在する場合には、労働基準法第24条1項に違反せず賃金から賠償額を「控除することも許される」としました。
そして、ここにいう①労働者の自由意思による同意と②それを根拠付ける合理的な事情があるか否かは、「厳格かつ慎重に判断する必要がある」としました。
なぜなら、労働基準法第24条1項の「賃金全額払いの原則」は、労働者が確実に賃金の全額を受領できることとし、会社が労働者の経済生活を脅かすことを防止して、労働者の権利を保護することに趣旨があるため、容易にこの例外を認めるべきではないからです。
従業員がミスをして、会社に対して債務不履行責任や不法行為責任を負うとしても、合理的な理由がなければ、むやみに解雇されることはありません。
労働基準法第16条は、次のように規定しています。
<第16条>
「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。」
従業員が生活していくためには、働く必要がありますので、会社はむやみに従業員を解雇して、会社から追い出すことはできません。
そのため、労働基準法第16条は、「客観的に合理的で、社会通念上相当」であると認められる場合にのみ、解雇を認めています。
したがって、会社に対して債務不履行責任や不法行為責任を負うとしても、その責任を負うことになった理由により、解雇されるか否かは判断されますので、解雇されるほどのミスをしていないのに解雇されそうな場合には、それは不当な解雇ですので、従う必要はありません。
そのような場合には弁護士など法律の専門家にすぐに相談しましょう。
仮に、合理的な理由があるとして解雇されることになったとしても、「明日からもう来なくていい!」などの即日解雇にはなりません。
労働基準法第20条前段は、次のように規定しています。
<第20条前段>
「使用者は、労働者を解雇しようとする場合においては、少なくとも三十日前にその予告をしなければならない。」
労働基準法第20条前段は、会社が従業員を解雇する場合には、少なくとも「30日前まで」には通告をしなければならない義務を定めています。
そのため、ミスをしたからといって、即日解雇にはなりません。
仮に、即日解雇や30日前までの通告なく解雇をされた場合には、第20条後段により、会社に対して30日分の賃金の支払いを請求することができます。
<第20条後段>
「三十日前に予告をしない使用者は、三十日分以上の平均賃金を支払わなければならない。」
労働基準法により従業員は守られていますので、不当な解雇があった場合には、弁護士に相談するようにしましょう。
退職した従業員のミスが、退職後に発覚したとしても、債務不履行責任や不法行為責任は成り立ちます。
そのため、退職後も、会社から損害賠償請求される可能性はあります。
債務不履行責任や不法行為責任には、時効があります。そのため、時効が成立していれば、損害賠償責任を免れることになります。
民法第166条1項は、次のように規定しています。
<第166条1項>
「債権は次に掲げる場合には、時効によって消滅する。
1号:債権者が権利を行使することができることを知った時から5年間行使しないとき。
2号:債権を行使できるときから10年間行使しないとき。」
会社が従業員に対して、債務不履行に基づく損害賠償請求ができることを知った時、つまり会社が従業員のミスを知った時から5年経過していれば、従業員は責任を追及されることはありません(1号)。
また、従業員のミスから10年経過している場合には、会社が従業員のミスを知ってからまだ1年しか経っていないとしても、時効が成立しているので、従業員は責任を追及されることはありません(2号)。
民法第724条は、次のように規定しています。
<第724条>
「不法行為による損害賠償の請求権は、次に掲げる場合には、時効によって消滅する。
1号:被害者が損害および加害者を知った時から3年間行使しないとき。
2号:不法行為の時から20年間行使しないとき。」
会社が、①会社に損害が生じたことと、②不法行為を行った従業員を知った時から3年が経過していれば、時効が成立するため、従業員は損害賠償責任を追及されません。
ここにいう「損害を知った時」とは、単に会社に損害が生じたことを知ればよく、損害の程度や損害額までを知る必要はありません。
また、従業員が不法行為を行った時から20年が経過していれば、会社が損害や加害者を知らなくても時効が成立するので、損害賠償責任を追及されません。
ミスは誰でもしてしまうことですが、会社に損害を生じさせてしまった場合には、損害賠償責任を追及されることがあります。
しかし、「責任制限の法理」より、従業員の責任は制限されます。
不当に損害賠償の支払いを命じられたり、合理的な理由なしに解雇された場合には、弁護士に相談しましょう。